劇場紙風船 おふろ場


SWITCHonExcite劇場紙風船に書いた記事の、おまけページです
観たもののリストや各種思いつき、特集記事などは大福帳に載せています

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2008-01-05-Sat-17:43

えびたまごのクリームコロッケ

タイトル・レシピ・写真:松下和代ebikoro
○材料(10個分)
バター 20g
玉ねぎ 1/2個 みじん切り
芝えび 250g
白ワイン 大さじ2
ホワイトソースの缶 1缶
生クリーム 20cc
卵 3個
塩 小さじ1
こしょう 少々
パン粉
卵 1個(衣用)
小麦粉
揚げ油

○作り方
1)下準備
芝えびは背わたを取って、ぷりぷりの感触が残る程度のみじん切りに。
玉ねぎはみじん切りにします。
卵は2個はゆで卵にして、みじん切りにします。

2)フライパンで炒める
フライパンにバターを溶かし、玉ねぎを透きとおるまで炒めます。
芝えびを炒め、色が変わって火がとおったら白ワインを入れます。
ホワイトソースの缶と生クリームを加えて、弱火にします。
ふつふつとしてきたら火を止めて生卵を加え、一気に混ぜます。
ゆで卵を加え、軽くかき混ぜて、バットに入れて冷蔵庫でさまします。

3)コロッケを揚げる
10等分にして、手を少しぬらし丸く形を整えます。
小麦粉をつけ、卵をつけ、最後にパン粉をつけていきます。
揚げ油の温度は、180?190℃の高温です。
(箸を入れると全体からワーッと泡が出てくる程度が高温です。 )
揚げたてを飾り付けて出来上がり。

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【 鑑賞の肴 レシピ 】

2007-12-27-Thu-00:45

劇場紙風船 おふろ場 サイト内更新情報

「認めがたい」のナゾと、シンクロ4つの種目
得点の算出方法例などを書き加えました。

世界水泳2007 シンクロナイズドスイミング
1994年に日本へ来た、水中・陸上・空中スペクタクル『シレラ 人魚伝説』の簡単な紹介と画像(網にかかる人魚ほか1枚)を追加しました。

記事全体が長くなっていますが、まとめの文章はこれです。
「芸術性のあるスポーツと芸術は重なる部分はあっても、ほんの少しです。それにも関わらず、観るだけの人間が簡単に「芸術だ」と言うのは、重なっているところのほんの少しの部分しか楽しまないで、考えることも感じることもおしまいにしてしまっているのではないでしょうか。 」

マッチポイント
元々は、SWITCH ON Exciteにレビューを書いた映画『マッチポイント』が、ウディ・アレン70歳の作品ということで、オーバー70の映画監督を少し紹介した記事でした。その追記と、『イカとクジラ』(『ライフ・アクアティック』でウェス・アンダーソンと共同脚本を手がけた、ノア・バームバック監督作品)の話を載せました。



昨年「クリスマスカード/2006年の劇場紙風船」(全3回)に、ハリウッド映画のパロディ・クリスマスカードを載せました。

これは番外編のクリスマス葉書です。

長い間、描かれている人物は「憔悴した小人の森番」だと思っていました。

サンタクロースですね。






【 雑誌SWITCH/劇場紙風船 全般のこと 】

2007-03-24-Sat-09:22

世界水泳2007 シンクロナイズド・スイミング

仰天!世界水泳2007シンクロのスペインチーム。

フリールーティンのテーマがアフリカだそうです。
全員コーンヘアを意識したスイミングキャップを被っているのですが、ちょっと西瓜がモノクロになったみたいな…(『魁!!男塾』の中にいそうだともいえましょう)。それから曲調、振付など「アフリカンイメージ」のつくり込みがポストコロニアルどころか、まんまコロニアルに感じられました。

たとえばバレエ『ファラオの娘』には、漫画のような黒人のマスクを被ったダンサーが出てきますが、それには「クラシック(バレエ)」という冠がついています。
スペインチームは、伝統芸能とかまだコードがゆるかった頃の作品とか、そういう了解事項がなあんにもない状態で、「ヨーロッパ様が愛でるアフリカ」的なイメージを堂々と打ち出していました。以前「芸術性ってなんですか イメージと身体」という記事で、「シンクロがよく知られている地域で、安心して受け入れられる既存のイメージにコミットする方向性がある」という見方をしたのですが、植民地時代まで遡るとは…。

そして高得点が出た瞬間、西瓜のまま感極まって抱き合う、エッジなかっこいい身体の皆さん。現代から見た歴史の遠近がグラグラゆらぐ、不思議な光景でした(予選)。

追記:決勝ではフランスのジャッジがアーティスティックインプレッションで10点を出していました。物議をかもしたケ・ブランリ美術館をつくった国らしい、演劇を超えたベタな展開です。
s-pre-home.jpg

スキンケアプロダクツや生活雑貨のブランド、フランスのロクシタンの看板商品「ピュアシアバター」リーフレットを読むと、ブルキナファソの女性から直接シアバターを買い付けて、フェアトレードによって生活に貢献していることが囲み記事で書かれています。
一般に、ヨーロッパ経由のアフリカ情報は利権という背景があってなかなか鵜呑みにしにくい時があります。アフリカ産のものをヨーロッパの資本で扱う際には、いろいろ注意や苦労があるのでしょう。


シアバターは西アフリカに生育するシアの木の実から抽出される、保湿効果の高い植物エキスです。個人的にはくちびるに使うと効果てきめんでした。この前、15年ぐらい無駄に寝かせたシアバター缶を見つけたので様子を見てみましたら、きれいな白色を保っていました(ただし若干の異臭が)。


さてスペインチームの中にはソロ、デュエット、チーム(すべてテクニカルルーティンとフリールーティン両方)、フリーコンビネーションに出場しているエマ・メングアルの姿も見えました。
出場リストはFINA公式より
今大会は28歳ヴィルジニー・デデュー(フランス)の、ソロ・フリールーティンへの復帰が話題になりましたが、ずっとコンスタントにメダルをとってきて、今回全種目に出る29歳のメングアルも、やはりすばらしいアスリートなのではないでしょうか。

mengual
エマ・メングアル 画像転載元 AFP BB News

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【 シンクロナイズド・スイミング FINA Synchronised Swimming World Cup 2006 】

2007-01-05-Fri-02:33

エンジョイ

記事はこちら 
劇場紙風船 
『エンジョイ』の前に
エンジョイ(四幕)/RIDING GIANTS

エンジョイ
新国立劇場『エンジョイ』撮影:谷古宇正彦

舞台写真が予感させる、めんどくさげな身体。実際そのとおりなのだが、文章で拍車をかけては元も子もないので、できるだけ読んでいる方が引かない書き方を心がけた。

書き終わって改めて感じたが、作者はよくこの微妙?なタイトルを考えついたと思う。
元々「enjoy!」という英語の呼びかけには、何か変な感覚があった。その個人的な違和感にぴったりくるすごい台詞が『エンジョイ』に出てきた。それがきっかけで動詞「enjoy」について調べたら、面白いことがわかり…。
続きは上のリンク先をご覧ください。

※もしかしたら「エンジョイ」は、漫画喫茶(の従業員の話)→略称マンキツ→満喫からきているのかもしれない。それだとenjoyよりrevelの方が、訳語としては合う気がする。

さて『エンジョイ』を作・演出した岡田利規のソロ・ユニット「チェルフィッチュ」代表作の一つが『三月の5日間』だ。   
チェルフィッチュ公式サイトより 物語
アメリカがイラクへの空爆を開始した、2003年3月20日前後の東京が舞台。六本木のライブハウスで出会った男女が、そのまま渋谷のラブホテルへ行き、そこで五日間を過ごすことから始まる

続きはこちらです。三月の5日間メモ

【 エンジョイ 】

2006-12-25-Mon-23:41

クリスマスカード/2006年の劇場紙風船 最終回

xmasbg.jpg

この記事は、クリスマスカード/2006年の劇場紙風船 その2の続きです。

SWITCHonExcite劇場紙風船に載せた記事について、また身体や舞台を観るという行為についてふだん思っていることを、全3回で書きます。

…その3つとは、こんなことです。
1
「どうしても自分たちにわからないことはあるだろうが、自分の実感から「これを取り上げたい」という思いが強まって、作品として上演する。で、やっぱりわからないことも残った。でもそれは、最初のわからなさとは質の違うものになったかもしれない。そしてわからないことは残っても、少しはましな方に進めるかもしれない。」こういう誠実な作品を、私は数多く観てきました。

だから観劇で生活を豊かにとか演劇は人を救えるとか、その類の台詞を臆面もなく、すぐ言う人が怖いです。人間に対して傲慢じゃないでしょうか、そんな認識は。人間の面倒くささや現実のとんでもない不条理には目をつぶっておいて、満々の善意だけは押し出すという、得体の知れない怖さを感じます。

xmasbunch.jpg

2
日常で、一見もっともらしく聴こえる言葉があります。
それがただの都合(例:言葉の後に続くその人の、妙な意見に同意してほしい)から出たもので、まるで実感が感じられない場合は、わりと早い段階で気がつくようになりました。
あ、だてに「ニート演劇」観てないんだな、と自覚する瞬間です。こういうカテゴライズが的を得ているかは、今はおくとします。

xmaspole.jpg

3
金を出すんだから観劇に失敗したくないという話は、やっぱり無理だと思います。
ほんとかなあと感じたら、1のような気味の悪い善意を感じない舞台好きな人に、「ちょっとこれはドボンだったなあっていう公演ある?」と聞いてみてください。どこがどのようにドボンだったのかも。面白い話が聞けるはずです。

それで一緒に笑ったりしても、作り手をバカにする行為にはなりません。
笑ったのは、その人が今までいろいろ観てきた体験を、きちんと層のように積んで行って、その上でドボンだった舞台をいい加減な言葉で片づけずに、じっくりつきあった。そのほんとうに愛情のある言葉が、とても愉快だったということなのです。

私も感銘を受けた公演の、どこがよかったかあれこれ考えるのはもちろん、ドボンな公演でも、自分にとって何か発見があればいいという舞台の楽しみ方をすることで、一見関係なさそうなものが結びついたり、自分の中で関連が出てきたりしました。
今まで「見方が人と違う」という言葉をたくさんいただきましたが、それはこういう思考の産物である気がします。

なんでそんなことをしてきたのかといえば、そうした方がうんと楽しいからです。理由はこれ以外にありません。

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【 雑誌SWITCH/劇場紙風船 全般のこと 】

2006-12-25-Mon-22:56

クリスマスカード/2006年の劇場紙風船 その2

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この記事は、クリスマスカード/2006年の劇場紙風船 その1の続きです。

SWITCHonExcite劇場紙風船に載せた記事について、また身体や舞台を観るという行為についてふだん思っていることを、全3回で書きます。

…いくらなんでも、スポーツはパフォーミングアーツではなく、芸術性のあるスポーツは芸術でないことぐらいは知っています。その上でなお、

アスリートの秩序立てられた身体
大変研ぎ澄まされているけれど、くっつけたりぶら下げたりしているものがたくさんある身体
観る側のニチャニチャした主観が立ち入る隙のないヒッティングの瞬間の動き
(テニスで)ボールをヒットする音は、選手のゲームの組み立てでわずかに変わる。それに気づくと、より攻めている選手が「こう変化させたい」と思っているリズムが、ボールの軌道やスピード(目)で確認する前に少しずつ感じられるようになる。実際に組み立てが成功した時に起こるリズムの変化は、もうとてつもない即興
(テニスで)スロー映像の助けをかりると、細かい必然がいくつも交錯する信じられない世界に近づける

なんて、やはり興味がつきないです。

サッカーは現場での体験がない分、自分のダラダラした意識の流れを汲んだ記事になりました。W杯で思いがけず観られたドラマティック・バレエのチープなパロディから、あれやこれや経て、最後はイスラム文化圏の話とプティパの『ライモンダ』へ。こうやって振り返るとバレエに戻ってきていたようです。

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SWITCHonExciteでは取り上げませんでしたが、プロレスを初めて観た時に感じた、芝居小屋に通じる強烈な薫りも忘れられないです。
観客の掛け声・ブックとアングル・レスラー。3つの関係の緊密度は、今の歌舞伎座の大向こう・松竹・役者のそれを凌駕していました。仮に興行は結果のわかっていることだとしても、事前の取り決め、駆け引き、仕掛けなどはリアルです。それがどう進行するのかは、リング上の身体を観ないとわからないことです。
いつもうまくかみあった興行ばかりではありませんでしたが、あのエンタテイメントの黄金トライアングルに、また遭遇したいという気持ちもあります。

スポーツやプロレスの身体についてそういう見方をしていると、今度は

芸術やエンタテイメントにおける、音楽と身体のとても開かれた関係
アスリートとは異なる秩序のある身体
秩序という伝統的でメソジカルなものとは質を異にする身体

つまり舞台で観られる身体のいくつかですが、こっちはこっちでなんて可能性があるんだろうという興味に繋がってきます。
どっちかに肩入れするとかではなくて、デュアルにどんと面白さが開けてくるのです。

そのほかに、舞台を観てきて自分に何が言えるかというと、今のところたった三つしかないような気がします。…続く

クリスマスカード/2006年の劇場紙風船 最終回へ

【 雑誌SWITCH/劇場紙風船 全般のこと 】

2006-12-23-Sat-23:24

クリスマスカード/2006年の劇場紙風船 その1

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私はスポーツやアスリートに対して、好き/嫌いというほどの強い感情は持っていません。たまに実況の奇声など、スポーツ周辺の言葉に萎えたりすることはあります。

でもそれより、わりとはっきり嫌悪感を覚えるものが二つあります。どちらも演劇周辺のことで、まず一つ目は、観に行った数の多さでその人の目や耳を判断できるとする、尊大な態度です。

数多く長年観ている人の言葉は貴重だと思います。が、いっこうに舞台の話をせずに数/年数自慢を出す人は、舞台を通してどんな他者に邂逅したかなど実はどうでもよくて、お金を出して(パトロンの爪の垢ほど)業界の存続に貢献したことを褒めれば、気が済むのでしょうか。
「たくさん観ている人が面白いって言うんだから面白いだろう」式の曇天ジャッジも雑でしょう。どんな見方で何を面白がり、それをどう伝えているかということは、まるで検討されていないからです。

オバケのQ太郎は並外れた大食いで、パンツのゴムやぞうり、かんづめが缶ごと入ったやみじるを「こんなうまいものはじめてだよ」と食べていました。
たくさん食べることと味覚の鋭さがいつも比例していたら、小学生にもわかるこのギャグ、成立しないですね。今さら「例外もないとはいえない」ってのはなしにしてほしいです。

これと同じぐらい嫌悪感を覚えるのは、自分の観ている舞台が、己の知性や文化的水準を保証してくれるという思い込みです。

自分の思想や存在をアピールするために都合のよい作品を、決まった見方で観る人たちの言葉に出会うと、仕方ないので私はネタとして考えてきました。
私は特定の演劇だけに拘って観るとか、先物買いに特化するやり方を否定するつもりはないです。それでしかわからないことは必ずあります。また、売れるとそっけない反応をする後者のしょうがない面はさておき、自分の好みを人に説くパッションと先物買いの才能は、すごい芸を観ている気になります。

しかしその態度こそ演劇が好きで好きでたまらない唯一の証しであり、一歩でも外から眺めてみようとするものを、演劇への関心・熱意が劣っているなどと、観て書くだけの人間が決めつけるのは不毛なことだと思います。

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【 雑誌SWITCH/劇場紙風船 全般のこと 】

2006-12-22-Fri-02:00

オードブル3品 ライスコロッケ/玉ねぎのワイン煮/アスパラのツナソテー

タイトル・レシピ・写真:松下和代3pin.jpg
ライスコロッケ
○材料(10個分)
米・・・2合
トマトピューレ・・・大さじ3
コンソメスープ・・・カップ2弱
みじん切りの玉ねぎ・・・1/2
スライスチーズ・・・30g?お好みで
オリーブオイル・・・50cc
ころもつけ用の小麦粉、卵、パン粉(生)

○作り方
1)米は洗わずにトマトピューレとコンソメスープ、玉ねぎを加えて炊飯器で炊く。
2)スライスチーズを炊飯器の中で混ぜて、10等分の団子状にする。
3)小麦粉、卵、パン粉(生)でころもをつける。
4)小さめ15cm程のフライパンにオリーブオイルを入れ、3)を転がしながら揚げる。

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【 鑑賞の肴 レシピ 】

2006-11-30-Thu-23:20

河童の三平/墓場鬼太郎 水木しげる

シンクロワールドカップ 観戦雑記に、手持ちの漫画『河童の三平』表紙を載せました。河童直伝の膏薬「三平こう」にまつわる伝説に取材した、連続長編の8冊目です。貸本だったらしく、後ろ見開きには日付の判子がペタペタと押してあります。かなりボロボロです。

ちょうどスイミングの場面が。
(クリックすると拡大します)
河童の三平 1

水木漫画の基本アイテム、美味しそうにすすられるコーヒーと喫茶店のケーキも別の場面で登場しています。全体的に墓場鬼太郎よりコマが白く、眩しい印象のある作品です。
河童の三平 2

こちらは『墓場鬼太郎』 3巻
墓場鬼太郎 


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【 シンクロナイズド・スイミング FINA Synchronised Swimming World Cup 2006 】

2006-11-01-Wed-18:17

「認めがたい」のナゾと、シンクロ4つの種目

記事(全3回)はこちら
劇場紙風船 
FINA Synchronised Swimming World Cup 2006
第1回 芸術性ってなんですか 音楽と身体 
第2回 芸術性ってなんですか イメージと身体
第3回 観戦雑記

以下すべてフリーコンビネーションの演技中の画像です。
クリックすると大きくなります。
カナダ

今回、主催側に画像提供をお願いしたところ、なんとCD-ROM3枚分の画像が届きました。SWITCHonExciteの方には文章の内容に沿った画像をふんだんに、また1?3位国以外の競技画像も載せることができました。改めてお礼申し上げます。

ジャンプしているイタリア選手の画像を観ると、とても日焼けしているのがわかります。皆さん屋外の大会で焼けたり、聞くところによれば外国のパンキッシュな選手はタトゥーを入れていたりするので、身体も濃い目のカラーでメイクアップすることがあるんだそうです。
そんな会場でも、「マーメイドプリンス」のどうらんには別格の厚みを感じました。


「認めがたい」のナゾ

シンクロのルールには、次のように採点基準を表す言葉があります。
秀でている 9.4?9.0 大変良い 8.9?8.0 良い 7.9?7.0 充分 6.9?6.0 など、一番上は「完璧 10」、下は「完全な失敗 0」まで12段階に分かれています(藤井来夏公式サイト シンクロのルールに表が掲載されています)。

その中で異彩を放っている言葉を見つけました。

認めがたい 1.9?0.1

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【 シンクロナイズド・スイミング FINA Synchronised Swimming World Cup 2006 】

2006-10-07-Sat-10:19

マッチポイント

マッチポイント
映画レビューはこちら 劇場紙風船 マッチポイント
お急ぎの方はこちら 大福帳(メモ) マッチポイント

20061007061016.jpg

恵比寿ガーデンシネマ、シネスイッチ銀座 ほか全国ロードショー
配給:アスミック・エース 
コピーライト:(C)JADA PRODUCTIONS 2005

『マッチポイント』はウディ・アレン70歳の作品です。オーバー70の監督というと、アメリカ人ですぐ思いつくのはロバート・アルトマン(81 1925.2.20-)、クリント・イーストウッド(76 1930.5.31-)。ポルトガルではマノエル・デ・オリヴェイラ(97 1908.12.11-)、日本人の監督では谷口千吉(94 1912.2.19-)、新藤兼人(94 1912.4.22-)、市川崑(90 1915.11.20-)、鈴木 清順(83 1923.5.24-)の名が浮かびます。犬塚稔(105 1901.2.15-)も存命です。

追記
2006.11.20 ロバート・アルトマン逝去 
オスカーノユクエ 第78回アカデミー賞オノラリー受賞時のレポート
レポートからアルトマンのスピーチ引用「最初に聞いたときは予想外でした。名誉賞とは引退時にもらうものだと思っていましたから。」

プレゼンターのリリー・トムリンとメリル・ストリープによる豪華漫談が、アルトマンの「演技すんな」映画のメタ・フィクションになっていて爆笑を誘います。
放送でこれを観ましたが、ダイジェストで紹介されるアルトマン作品のどれもが、名画的にパチっと決まる瞬間がなくてすばらしかったです。あえて例外を挙げれば、決まっていたのは撮影中のアルトマンの「うしゃしゃ」という笑顔でしょう。

2007.9.17 犬塚稔逝去
「監督は語る」犬塚稔さん
 犬塚監督100歳の時のインタビュー

2007.10.29 谷口千吉逝去
谷口監督のフィルモグラフィーの中に、『国際秘密警察 鍵の鍵』(1965 東宝)という作品があります。ご存じジェームズ・ボンドが活躍する『007 ドクター・ノオ』日本公開・ヒット後に、すばやく東宝が手がけたスパイ・アクションの4作目で、三橋達也が諜報部員に扮しています。

この『国際秘密警察』シリーズの4作目と3作目を1本に再編集し、関係ない英語の台詞で全部吹き替えた人間がいました。それがウディ・アレンで、作品名は『What's Up Tiger Lily』です。

What's Up, Tiger Lily?What's Up, Tiger Lily?
(2004/02/02)
Woody AllenTatsuya Mihashi

商品詳細を見る


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【 マッチポイント 】

2006-10-07-Sat-09:59

パブリシティ相似形

パブリシティ相似形
記事はこちら 劇場紙風船 パブリシティ相似形

よく似た映画のチラシを載せた。
やっつけ仕事で似てしまったのではなく、「ターゲットとなる客層の嗜好や傾向をふまえた結果、似るべくして似た」という説得力を、ひしと感じる6枚を厳選した。
『デュラス』と『アイリス』は、裏面の活字の大きさまで似ている。

【 パブリシティ相似形 】

2006-10-05-Thu-01:29

インタビュー当時のことなど

文章を追加した。
『旗本退屈男』は、ある意味忘れられない映画になった。

雑誌SWITCH インタビュー

【 雑誌SWITCH/劇場紙風船 全般のこと 】

2006-09-04-Mon-01:10

しょうが焼き/塩の花 Fleur de Sel

タイトル・レシピ・写真:松下和代s-syougayaki.jpg
○材料(3人分)
ロース薄切り豚・・・・・・6枚
谷中しょうが・・・・・・・6本
片栗粉・・・・・・・・・・適量
ごま油・・・・・・・・・・小さじ2
フランスの塩・・・・・・好みで
ブラックペッパー・・・・・少々

○作り方
1)谷中しょうがをきれいに処理して、塩で軽く下茹でする。
2)冷ましたしょうがの周りに、片栗粉を薄くまぶした豚肉をくるくるまいていく。
3)2)にごま油をなじませて、網で焼く。
4)途中塩をふりながら、まんべんなく焼く。
5)まわりに少し焦げ目がつき、透き通った汁がにじんだらできあがり。
6)お皿に盛り付け、ブラックペッパーをふる。

味な一品 文:河内山シモオヌs-camargue.jpg
松下先生、私のおみやげの塩(写真右)を使ったと、わざわざ書いて送ってくれました。私も以前、やはりおみやげでいただいたことがある「Le Saunier de Camargue:Fleur de Sel de Camargue 」。ご存じの方も多いと思いますが、塩の花という名前の、フランス南部カマルグ地方でとれる天然海塩です。

つぶ状で海塩によくある苦みがなく、つまんで口に入れた時は、しょっぱいよりも美味しいという感想が先に出ました。硬水の喉越しに似た、独特のとろんとした感触があります。深々と嗅ぐと、穏やかな香りが。amazon.comの紹介によれば「the salt has a scent of violets as it dries(乾く時にスミレの香りがする)」のだとか。魚やローストした肉と、特に相性がよかったです。

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【 鑑賞の肴 レシピ 】

2006-08-15-Tue-22:03

まえがき

今夜は友だちとお宝映像祭
飲む食べる話す観る、全部同時にやりましょう

トホホな舞台に決死のブー!
自腹で鉄槌下したものの、すきっ腹はおさまらぬ

こんな時にお勧めの、買わずにつくるおつまみのレシピを紹介します。
写真・文・レシピ提供
bota.gif
松下先生のイメージ画像
てんとう虫コミックスドラえもん3巻
「ああ、好き、好き、好き!」に出てくるぼた子

松下先生は私の友人で、現在はwebにレシピや食育に関する情報を寄稿するかたわら、自宅で料理教室を開催しています。教室の詳細・松下先生の経歴はこちら公式サイトをご覧ください。ころころお料理教室


松下先生は5分に1回ぐらい何か思いつくところ、思いつきのほとんどを実際やっているらしいところ、焦るとチープに買収されがちなところ、何か見聞きする時のとても楽しそうな様子はオバケのQ太郎に似ています。先生自身も似ていると言われた人/キャラの中で、オバQは喜多嶋舞や浜崎あゆみを抑え一番のお気に入りなのだとか。
でも料理人としての姿勢は、ぼた子のような人を目標にしているそうです。

「ああ、好き、好き、好き!」のあらすじ…ぼた子の家にいるかわいい子と仲良くなりたいのび太は、矢が刺さると放った人を好きになる道具「キューピッドの矢」を借りて、ハートを射止めようとやっきになります。が、矢はもちろんぼた子の尻を直撃。野比家の台所を占拠しておしかけ女房と化したぼた子を、松下先生が選んだ理由はどこに?

「料理好きな人は、ぼた子みたいにおせっかいなところがある。じゃないと人につくるのってけっこう面倒くさい。ぼた子のつくってるおかしは、友だちのかわいい子がつくるのより美味しそう」とのことです。

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【 鑑賞の肴 レシピ 】

2006-08-08-Tue-17:29

プロデューサーズ 4

『プロデューサーズ』でも描かれているとおり、一度作品を世に出したら人がどう取るかはわからない。意図を間違えられたり誤解されたりすることがある。ロベール・ルパージュの一人芝居『アンデルセン・プロジェクト』に出てくる移民の青年のエピソードもその一つだ。

移民特有の訛りのあるフランス語がとても難しかったため、ルパージュは青年に扮する時、パーカーを深く被り顔がはっきり見えないという、言葉を発しなくても違和感のない出で立ちにした。すると「あれぞパリで生きる移民の姿!彼らは顔のない存在として生きざるをえないのだー」と高く評価されたので、ルパージュは「ま、まさにそうなんです」と大きく頷いたという。このようにいつも未知数で、自分では絶対に御せないものに出会うことこそ、演劇の醍醐味に違いない。



今頃になって、劇場紙風船に書いた映画記事プロデューサーズ  プロデューサーズ(続き)の中で、ウーラを演じたウマ・サーマンについて一言も触れなかったことが気になりだした。
「ウーラ」というのは略称で、本名は寿限無のように長い。北欧出身の新進女優で、目の覚めるような美人だ。英語が拙く、母国語の人なら婉曲に言わないと見透かされて恥ずかしいと思う欲望や野心を、直球の単語で無邪気に歌う。

ここでまずウーラは、純朴な田舎娘のサクセスストーリーの欺瞞や限界を、長い脚で軽々とまたぐように超えてしまう。それから言葉の拙さを利用した、ちょっとしたイジワルもする。爽快なキャラクターだが、ウマ・サーマンはやや精彩を欠いていたかなあと思う。

大いに誇張された人物、という点ではそんなにミス・マッチな役でもなさそうだ。が、帰属する場所(マーシャル・アーツの師匠など私的な帰属先ではなく、「国家」など大文字で記号的なもの)がわからない抽象的なキャラクター、もっといえばそんな記号はたとえ出てきても何の役にも立たない、深読みする側が滑稽に見えるタランティーノ作品の方が、個人的にはより魅力的に映った。

それから、記事の中に長?い一文があった。どう変えたらすっきりするかと考え続けて、最近やっと加筆できた(下線のところ)。

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【 プロデューサーズ 】

2006-07-31-Mon-08:55

演劇の目で観たスポーツ 終わりに(前後編)

記事はこちら
劇場紙風船
いつも正しい言葉とサッカー
フランス語の先生とイスラム

20060731083500.jpg   icon1.gif
左の写真は小冊子「Le football」(DELF・DALF試験管理センター制作)に載っていた画像ですが…これはほんとうにサッカー(のルーツの競技)に興じる青年の姿なのでしょうか。
まず腿の上にあるのが重石に見えます。拷問中のように感じられなくもないです。また後ろで手を組んでいるのかと思いきや、よく見ると指ではなく縄。それにただでさえ荒っぽい競技なのに、このかっこうでやったら無駄に危険でしょう。
もしかしたら、中世ヨーロッパにおける農村祭礼行事→イギリスのパブリックスクールでスポーツ化、というサッカー史とは違う文脈からのレリーフかもしれません。ふだん詳しく言及されないルーツ(があるとしたら、それ)をめいっぱい紹介した方が、刊行物として耳目を集めそうな気もするのですが。教育関連書物の特権は、こういう時にこそいかしてほしかったです。

さてサッカーに対する多様な見方の一つを知る資料として、画像右The Simpsonsの第9シーズンエピソード「ホーマーのピストル大騒動」を紹介します。
原題はThe Cartridge Familyです。

「ホーマーのピストル大騒動」前半のあらすじ
前の日に詩人の集会が行われたスプリングフィールドのスタジアムで、今日サッカーの試合(Continental Soccer Association match)があるとTVで知った住民たちは、観戦しようと集まってきた。シンプソンファミリーもやってくる。

彼らがくるきっかけになった、試合開催のお知らせCMのナレーションが簡潔ですばらしい。
「見えないパス、どこへいくかわからないヘディング、なかなか決まらないゴール。これぞサッカー!!!!!」。
続いて、そっくりで髪型だけ違ったり、同名で?とか?とかの選手が次々紹介される。それを見たバートとリサが、連れてってぇーとねだるいんちきな展開があり、その後一家がスタジアムにやってきた場面に繋がる。

試合前、ピースフルで崇高なメッセージを観客に伝えるはずのスター選手。しかしマイクパフォーマンスはただ一言「サッカーの王様は俺、洗剤の王様はこれ」。盛大な拍手を送るスポンサーから、巨大な金袋を渡される。
ゲーム開始後、ボールは同じところを行きつ戻りつしているだけで、選手は定位置からまったく動かない。会場は静まり返り、観衆の目玉がぱちくりするだけのシーンが続く。その静寂を破るホーマーのヤジ「つまんねえぞ?」をきっかけに、地元住民が興奮して大暴動がおきる。

以上、数年前に一度観た記憶をたよりに書き起こしたので、台詞の細部は違っている可能性があります。
アメリカにおけるサッカーのステロタイプなイメージが、わずかな時間内に凝縮されています。やっぱりアメリカ国内ではアメフトの方がすごいビジネスで、まだ今のところは、そちらにさまざまな才能も旨味も集まりがちなのだろうと思わせるエピソードです。
ホーマー・シンプソン
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【 演劇の目で観たスポーツ フレンチオープンテニス/サッカー 】

2006-07-22-Sat-01:13

SWITCHonExciteニューデザイン、そしてアヒルとインフィニットドレス

渋い黄金色のスキンでスタートした4月から3カ月。7月21日に、SWITCHonExciteのデザインがリニューアルした。フォントがシャープに、また全体は白ベースに変わり、特に写真が見やすくなった。

プロフィール画像(縮尺)
illustrated by山崎詔子


タイトル周りの画像(縮尺)自作
kamifusen1

アクリル風にしてみた(縮尺)
kamifusen2


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【 雑誌SWITCH/劇場紙風船 全般のこと 】

2006-07-09-Sun-21:25

ウィンブルドン 2006 決勝戦直前の記事 

6月最終週からウィンブルドンが始まった。今日ですべての試合が終わる。できるだけ放送にはりつくことを心がけたが、それも最後だ。「演劇の目で観たスポーツ1-4」を書いてから、テニスの試合がより面白く感じられるようになった。

SWITCHonExcite劇場紙風船にフレンチオープンテニスの記事を書くことに決め、昨年自分が現地で観たシングルスの選手4人の内、誰にポイントを絞るか考えた。クレーコートで勝つことに特化した生命体のようだった、ナダルに注目する。劇場紙風船の方に掲載した写真を見ると当時でもすごい身体だったのに、今年に比べたら明らかにほっそりしている。なんだか信じがたい。

今年のフレンチオープンは、大会早々世界ランキングNo.1のフェデラーが「決勝はナダルと私になるだろう」と言ったとおりになり、ナダルが勝ってクレー60連勝。
そのナダルはウィンブルドンでも決勝まで残り、今日再び、芝の4連覇を目指すフェデラーと対戦する。芝のコートにどれだけ対応できるか注目されていたが、めざましい進化だ。

放送で観たナダルのウィンブルドン3試合(アガシ、ニエミネン、バグダティス戦)、ナダルはどれもアウェーでやっているような状況だった。

7月2日に放送されたアガシ・ナダル戦は、まず今期限りで引退を表明したアガシの入場を、会場がスタンディング・オベーションで迎えた。終わってみればナダルのストレート勝ちで、実況の言葉で記憶に残っているのは
「ナダル、なんというカバーリングでしょう」
「やっと取った球がエースに」
「アガシのウィナー(といってもおかしくないショット)を、どんどん返します」
「ナダル疲れません」
「集中しています」
「すばらしいコントロールです」
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…舞台の場合、もうその作品をやらないとアーティストが宣言する理由は、体力の限界ではなく、残された時間の中で、どの作品に挑み何を表現するか選び抜いた結果である。また引退公演と銘打っていなくても、パフォーマーに対して「もう最後かもしれない」と感じる時がある。そのきっかけや判断は、観る人によって異なる。

でもスポーツの場合、時に決着がつくその瞬間まで「こういう理由でこの人は去るのか…」という必然が一つ一つ、観ている人全員に晒される。本人の引退表明を聞いた時以上に、寂しい思いでアガシのプレイを観た人も多かったと思う。
試合はナダルのサービスエースで終わったが、その瞬間会場は真空のようになってしまった。舞台なら「いくら名選手が、もっとも権威ある大会で16歳下の新星と最後の試合をやるからといっても、こんな雰囲気や展開はやりすぎだろう」と書けそうなゲームだった。

バグダティス(キプロス 21歳)
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ニエミネン、バグダティス戦はどちらも第2セットの第10ゲームがひとつのヤマだった。
後者はナダルのリードで5-4。バグダティスが、ナダルの2つあったセットポイントを逃れた。両者拮抗してきた場合、第10ゲームは見どころになるのかもしれない。カウントが5-4なら、リード側のセットポイントがかかったゲームなので当たり前か。第3セットの第7ゲームで、ナダルが0?40からduceに持ち込み取った後、流れが決定的になった。スコアは6-1, 7-5, 6-3。

バグダティスは身体の動きに、もちもちした独特の柔らかさがあるように思う。ボールに追いつけなかった時の死んだふりもナイス。デビスカップのような団体戦を舞台にしたテニスのコメディ映画があったら、ぜひ黄レンジャー的立場の役で出てほしいキャラクターだ。

画像転載元 WIMBLEDON2006
リュビチッチ夫妻のオフ映像かと思いきや、途中から突然出てきてイルカと戯れるバグダティスに目が釘付け ATP VIDEO In Miami with the Dolphins

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【 演劇の目で観たスポーツ フレンチオープンテニス/サッカー 】

2006-07-09-Sun-21:11

演劇の目で観たスポーツ フレンチオープンテニス1-4

記事はこちら
劇場紙風船
演劇の目で観たスポーツ 1 フレンチオープンテニス
演劇の目で観たスポーツ 2 フレンチオープンテニス
演劇の目で観たスポーツ 3 プレイヤーズ・プレイ
俳優の試合と選手の演技

演劇の目で観たスポーツ 4 ローラン・ギャロスの4色


2005年全仏日刊誌 LE QUOTIDIEN


05年男子単表彰式
優勝ラファエル・ナダル(スペイン)
準優勝マリアノ・プエルタ(アルゼンチン)
プレゼンターはジダン


右のサイトでも「プレイヤーズ・プレイ」が観られる。UN JOUR A ROLAND
トップアスリートから元スター選手まで10名が、次々カラオケで踊りつつ熱唱。テニスウェアに着帽のまま歌っている選手もいる。年中服が変わらない漫画の主人公みたいだ。

時節柄、はなからワールドカップの話を書いた方が「いかにも」だった気もするが、トップのプレーを競技場で観た経験がないので、メインで取り上げることは却下した。
それにたとえば、「友人がW杯の放送で新しい国の国歌を聴いたら、覚えにくそうな曲だったという。威風堂々みたいなクラシックが作れた時代は幸せだったんだねと話す。今ならちょっと作れないような、大時代的で単純なメロディが国歌には合うのかもしれない。単純ならばボレロなどどうか。完奏に14分かかるが、音のエネルギーは8000倍にもなるらしい」…こんな話を書いても、だらだらしてしまう。

「W杯に熱狂する理由」なんて、人によってそれぞれ違うだろう。その一つに愛国心があると言われているが、今回はそういうことより、スポーツそのものの面白さがどこにあるかに関心を持った。縁もゆかりもない国々の、しかも個人競技の選手の試合に盛り上がった体験は、それを考えるのにふさわしい。
愛国心について書くならば、ウィーンどん底の時代に上演された『こうもり』とウィンナワルツの関係というような、もっと自分の仕事に即したかたちで書きたいと思っている。


私がトップアスリートを尊敬するのは、彼らがかなり変わった人々だからだ。
きつい勝負に賭ける闘志。偏執的で(端からは反復に見えるが細かく違う練習を、毎日集中して続ける)、全員すごい負けず嫌い。そんな一面が、そのままではなく美しく咲く花(あらゆるよいプレー、伸び、進化)となって、大勢の人の目に触れる。
勝敗や順位を決めるのは、単純に誰かが「あるルールの下で1番をはっきりさせよう、優れた能力を評価しよう、大会に絡んで仕切って儲けよう、国力誇示に利用しよう」とするためではなく、競技の世界でずっと大事にされてきた探求的な精神と、深く繋がる行為だと思う。

私はいつも、基本的に勝ち負けの決まらない世界の才能や変人を観ている。
その世界と少し重なる、しかし異なる部分の方がとても多いスポーツの世界。アスリート(やる人)ではなく、スポーツを観るだけの人に「勝ち負けじゃないんだよスポーツは」と言われると、どうにも困ってしまう。

「スポーツの試合を観る楽しさは勝ち負けだけではない」は、たしかにその通りだと思う。が、そう言うだけでは「勝たなきゃつまらない」と、あまり変わらない。試合に勝つことはやはり圧倒的に大きな意味を持つという事実を、言い方を変えて喋っているようなものだ。

具体的に、何をどう面白いと感じているか苦心して伝えることから始めないと、他人が「なるほどそういう見方もあるのか」と、ちょっとでも思ってくれる可能性はないだろう。もちろん、苦心は報われないこともある。それでもやってみたいという気持ちから、今回の記事に取り組んだ。

【 演劇の目で観たスポーツ フレンチオープンテニス/サッカー 】

2006-05-27-Sat-00:02

ミュージカルの芸とミュージカル級のゲイ

映画『プロデューサーズ』の記事(1)(2)と関連しそうな

コニー & カーラ コニー & カーラ
ニア・ヴァルダロス (2005/05/18)
ポニーキャニオン
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ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ
ジョン・キャメロン・ミッチェル (2002/09/06)
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異性装嗜好者のゲイがみな、芸術的感性が鋭く話が面白く、懐が深いとは限らず、中にはその真逆の人もいるかもしれない。しかし見知らぬ人から挨拶のように「化け物」と罵られたり、人の痛みを知る機会が多いのもたしかなことだと気づく作品(『コニー&カーラ』)。

売れない女芸人二名が、ひょんなことから身を隠すはめになりロスへ出て、最強の目くらましと思われたドラァグクィーンの格好で生活する。彼女たちが本性を隠したまま、知り合って親しくなるゲイの仲間らの悲喜こもごもが、二人の目線を通して描かれる。味わい深い名作にしようと(多分)思っていないドライなB級感に貫かれ、ラウンジアクトやナイトクラブのショウなど劇中コント的な体裁で、いろいろなミュージカルが出てくる。比較的近年の作品が多い。

コニーとカーラは、ものすごく気持ちよさそうにナンバーを歌いまくる。『ジーザス・クライスト・スーパースター』はシーツに穴をあけてかぶれば衣装はなんとかなるということと、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』がなんで出てこないのかといえば、内容が直球過ぎるからだろうという発見もあった。かわして使う方法はあると思うが、このへんの緩さが惜しい。そういえば、ヘドヴィグにもレントが少し引用されている。

『プロデューサーズ』のレビューに書いた「ロジャーらの言動に対する既視感」は、今ではなく少し前にこういう人いたなあ、というものだ。先輩たちの努力により、もはやミュージカル級の「gay」を演じる必要がなくなってきたのか、あるいは単に非コテコテが近年の流行とか。

映画に出てきたような、さまざまなステロタイプやベタは完全に芝居の中だけの話で、現実の自分を一つのタイプに染めなければと思うような強迫観念のない社会がもしあったら、それはある意味成熟と言えるのかもしれない。でも実際は、紋切り型がなくなると面倒ないしは困るという意思によってステロタイプは再生産され、日常で演じられていくのではないかと思う。

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【 プロデューサーズ 】

2006-05-21-Sun-21:11

エスケープ・フロム・レント

映画『プロデューサーズ』の記事(1)(2)で言及した作品
RENT/レント
映画化する時、スコセッシのところにデ・ニーロから監督依頼がいったものの、脚本を読んで気に入らず話に乗らなかったという。

1.恋人の死は悲しい。
2.仲間をむごい理由で失うことは恐怖だ。
3.これからに対する不安と模索は、どうすべきとかいい悪いという問題ではなくずっとあるものだ。
4.今日も精一杯生きる。
5.アートでいきたい俺。

以上1から4はまことに正論、5は個人の自由だ。しかしこういう、それは言葉で言わないだろうということを全部念押しするように言ってくる。さらに「いい話」としてのしてくる感に気持ちがしぼんだ(以上、舞台『RENT』の記憶)。でも詩とゴスペルを援用した音楽とクリスマスを用いて、こうとしかなりませぬ、という徹底した世界を構築していると思う。とはいえ『シンドラーのリスト』の次に苦手なタイプだ。

ドキュメンタリーを、そのまま現実だと素朴にとる人は少ないに違いない。ましてや『シンドラーのリスト』はあくまでも「史実に基づく物語」で、れっきとした感動巨編の興行作品だった。
この映画で描かれているヒューマニズムや俳優の熱演や映像の技術に、けちをつける気もまったくない。だが『知ってるつもり?!』を劇場で観てしまった感じで、いつ関口宏がすっぱい顔で出てくるかと…。

戦争を直接描かずに描くこともできるフィクションの可能性が、もっとも萎縮したかたちで出てしまっているように思う。そしてわりと有名な実際の映像を、最新のテクノロジーで、新しく撮った画と織りまぜてお見せくださる。やさしいから客は楽できる。どういう都合でこういうことをやるのか考えたら、親切ではなくごかしなのは明らかでしょうあえて映画のタチの善し悪しを問えば、とてもよくないのではないか。
SHOAH』や地味な佳品は観ない、映画に馴染みのない人向けにつくられているのかもしれない。

ショア ショア
クロード・ランズマン (2004/06/25)
ジェネオン エンタテインメント
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大方の評価に反するかもしれないが、スピルバーグの三部作で一番ましだと思ったのは『ミュンヘン』だ。イデオロギーの言葉で喋る人や、自分はちっとも悪くないのに暴力に巻き込まれる人たちではなく、イデオロギーや大文字の政治とは仕事をしない人たち(有力な情報屋から現場の暗殺班まで)を軸に据えている。

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【 プロデューサーズ 】

2006-05-19-Fri-23:25

プロデューサーズ 3 メル・ブルックス

マックス・ビアリストックのBialystokは、ユダヤ人のパンのビアリーに由来する名前で、ユダヤ系の大きなコミュニティがあった同名のポーランド北東部の街も存在する。ということで彼はおそらくユダヤ系の設定。ブルームもユダヤ系の名前なので、マックスとレオがリープキンに「ヒトラー総統の魂」に誓いを立てさせられるくだりは、かけがえのない認められない日々を仲間(鳩)と過ごす『RENT』な男につきあう、という以上に明快なギャグだ。2人ともちゃんと真ん中の指を立てていたが。

monsieurbrooks.jpg

原作のメル・ブルックス(写真)はコール・ポーターについて「いまだに彼がシンガー・ソングライターとして、常に私のナンバーワンである。(何年も経ってから、私はコール・ポーターがユダヤ人でなかったと知って驚き、そして一瞬面食らったが、すぐに彼を許した。私だって、もし彼のような曲が書けるのなら、熱心なキリスト教信者になるだろう。)」と書いている。2001.4.15 N.Y.TIMES 舞台パンフレントより

ブロードウェイにのせる時、ブルックスは作品の時代を1968→59に書き換えたそうだ。「人々も人生を楽しんでいた平和と繁栄そして喜びの時代」(ブルックス)。つまりベトナム直前のアメリカ。でも心底呑気で傍若無人という訳でもなく、人間に対するニヒリスティックな視線とか絶望に近い諦観、そこからすうっと立ち上る一筋のおそろしくタフな明るさという世界観はしっかり敷かれている。

映画の記事はこちらプロデューサーズ  プロデューサーズ(続き)

【 プロデューサーズ 】

2006-05-17-Wed-23:01

プロデューサーズ 2/アルトゥロ・ウイの興隆

ほら、そっくり。



左:プロデューサーズ 2005.7.6-24 東京厚生年金会館
右:アルトゥロ・ウイの興隆 2005.6.22-30 新国立劇場中劇場

映画『プロデューサーズ』の記事
プロデューサーズ  プロデューサーズ(続き)

舞台『アルトゥロ・ウイの興隆』の話
ブレヒト原作、ハイナー・ミュラー演出、ベルリーナ・アンサンブル出演の『アルトゥロ・ウイの興隆』は、ヒットラーの権力掌握を、シカゴのさえない心底卑劣なギャングが、青果産業の支配権を握る過程に置き換えて描いた作品です。

冒頭、ウイがさかりのついた野良犬のように這いずり回る、強烈なシーンから始まります。色彩・物語・難解な仕掛け・オペレッタの雰囲気を借りた演出…どれも悪夢的でした。都合どおりにならない現実に生きる人間の鬱憤や妄想、羨望、弱い気持ちがふきだまって押し上げられたものが、他の抑圧に転じる。その過程は、あのカルト教団に集った人の心性、つまり現代の日本とも深く繋がっているんじゃないかと思います。
また、ある集団が一つの虚像をつくり、人心を集め金を出させる。実社会でこれをやっても怒られたり罪に問われず、それどころか金を出した人たちに拍手されるのは、演劇だけではないでしょうか。

落ちぶれた俳優を雇い、ウイが演技や身振りを学ぶ場面を観て、当初どちらかといえば親ユダヤで(ヒトラーの絵を売っていたハーニッシュの言)、バイトのつもりでやっていたらしい演説がとても受けたという、若い頃のヒトラーの才能を思い出しました。何かものすごい負のものが、言葉から炸裂してたのかもしれません。その会場に、なんで甘言を弄する劇団スカウトがいなかったのかな…と思います。

劇中で流された1974年のヒットソング♪The Night Chicago Diedは、カポネが銃撃戦を行い100人の警官が死んだ夏の夜の話(創作)を歌っています。FOXTV『X-files』2ndシーズンのエピソードでも使われたこの曲、どベタな歌詞の臭みは、漫画的な、中空に浮かんだ感情失禁風のコーラスでメロディアスに歌われることによって消されています。
この曲が何度かリフレインされたので、原作の題名「アルトゥロ・ウイのとどめがたくない興隆」に込められている(抑えれば止められた)という暗意は、現場の抑止について言っているのではなく、そもそも抑えも止めもしない社会を指しているということは掴めました。が、音楽的にはひねりが少ない気がしました。

7月に来日したメタ・ミュージカル『プロデューサーズ』もドイツ年関連作品に加えて欲しかったです。第三帝国を舞台にした「史上最低」劇中劇「ヒットラーの春」があるからです。『プロデューサーズ』は、喪失や虚無がどんなものであるか知っている人々が、それでも生きていこうとするタフさを、そう正面から言わずに描いたエンタテイメントです。優れた作品だけが持つ速さがあり、メル・ブルックスが壮大な無駄に込めた恐るべき意味に驚嘆しました。ところで『アルトゥロ?』でポスターになっていたあの人間逆卍は「ヴトケ自身のアイデア」とのことですが、『プロデューサーズ』でも出てきました。ゲイ・パージョンもあったはずです。人間の考えることは、往々にして似るんですね。(初出:Wonderland) 

【 プロデューサーズ 】

2006-05-16-Tue-14:03

プロデューサーズ

映画の記事はこちら 劇場紙風船 プロデューサーズ

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ミュージカルは作品の骨格を音楽で表す。1つのメロディ(ある人物のテーマ)が転調して他の人物によって歌われるなど、まるでメロディ自身が意思を持って動いているかのようにナンバーの中に現れると、台詞に頼らなくとも人物間の感情の伝播、複雑な内面、劇の大まかな構造は音の層としてたちどころに理解できる。

という形式が、いつだってミエミエのすてきな演技でわかりやすく提示されているにもかかわらず、未だに「突然歌うからヘンだ」、またバレエ・歌舞伎にも動物や「○○の精」など人間以外の役はあまたあるのだが「人間が猫や獅子になるのは苦手」という人を見る。
バレエを観ながら「王子は着替えの途中みたいな格好で、飛びながら宴会に出てこない」「太股あらわな衣装で脚を上げたりブンブン回る姫などいなかっただろう」とか、はたまた歌舞伎にやってきて「ちゃんと喋れ」「男は女ではない」などという前座以下の発言は誰もしないはずだ。が、同じような程度のことをミュージカルについて言うと「頭が固いだけでは」としらけられずに、それどころか司会者が笑いをとるエッジな発言として、通用した時代があったというのが驚きだ。

三条会という現代演劇の集団が、ルイザ・メイ・オルコット『若草物語』を昨年取り上げた。もちろんよいこ名作劇場として死に体上演したのではなく、ミュージカルの他に歌舞伎やバレエも含めた、特殊な身体言語と音楽を用いるエンタテイメントに対して、意識的で先鋭的な実験を行っていた。


三条会は稽古に鈴木メソッドを取り入れているのだが、このはちみつレモンのような単語を使わないで、演劇をよく知らない人にも読み物としてわかるように『若草物語』レビューを書いた。そして物語の中で起きる出来事の意味が、結局ドリフ大爆笑の落ちで鳴るジングル「ブ・パ・パ・ブッ」とほぼ同等という歌舞伎で、なぜもらい泣きが可能なのかということを踏まえ、この舞台と客席に流れた楽しい雰囲気を伝えたいと考えた。

かなーり長いので前置きだけ紹介します。

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【 プロデューサーズ 】

2006-04-30-Sun-00:58

ハゲレット

昔は「fat」の解釈でデブにされ、今度はハゲになった。
いじられ続ける王子ハムレット、次は金歯かもしれぬ。
レビューはこちら 劇場紙風船 ハゲレット


こんなにも宗教と戦争をめぐる言葉が無理だと『ハゲレット』は言っているのに、この劇を観ても「はなからハムレット=普遍と決めてかかる物言い」ができるのは、劇中の人物たち以上に滑稽な茶番を演じているようだ。

私がこの劇から読み取った「舞台上の身体/言葉より日常の人間の方がよほどヘン」という意識は、とても完成度の高い表現で伝わってきた。ただしこういう意識の持ち方そのものは、目新しくはなかったかなと思う。「ハムレット」を直接の題材にはしていなくても、小劇場が以前から取り上げていたことだろう。

また、原作のハムレット・父王の亡霊・クローディアス・レイアティーズの連携プレイではっきりする「人物の思想と良心の根幹を貫く宗教」に関して、大変恣意的な演出だったと思う。
今回はExciteの方に直接フォローを書く。「ハゲレットの、考え続けることのすばらしさ」はいたるところで制作陣が言っているので、それを受け止めて考え続けてみようという意図だ。

ハゲレットを真に受けて考え続ける

【 ハゲレット 】

2006-04-25-Tue-00:41

バレエの美神

前記事「ダンスを撮る、踊る シルヴィ・ギエム」で紹介した、マイヤ・プリセツカヤがベジャール振付『ボレロ』のソリストを踊るDVDのついでに…
80歳になるプリセツカヤが参加した 『バレエの美神(ミューズ)』の話

2006musechi.jpg
いつ見ても、すごいチラシをつくる会社だ。
こちらが想像するベタや恥というものの限界を、常に超えてくる。
中は、ピエトラガラがイレールの足にタックルをかけ損なったような、
だまし絵的構成(おそらく偶然の産物)になっている。

休憩を入れて205分強のガラ公演
マールイ(レニングラード国立バレエ)&ゲストのルジマトフを、私はおおらかな大衆演劇のノリで観ている。人の笑いのツボは古今東西あまり変わらないというが、同じように舞台鑑賞に対して人が変わらず求める娯楽性に、高い技術で応え続ける集団なのではなかろうかと。長期地方巡業も大衆演劇の劇団のようだ。
また『騎兵隊の休息』のような珍しい、伝統芸能における平時の軍隊・それはお笑いである、という作品も上演するので、コンテンポラリーや他のパフォーマンスと同じく気にかけていきたいと思っている。オーチャードホール06.02.03

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【 ダンスを撮る、踊る シルヴィ・ギエム 】

2006-04-21-Fri-00:20

ダンスを撮る、踊る シルヴィ・ギエム

記事はこちら 劇場紙風船 ダンスを撮る、踊る

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自分を撮る、踊るシルヴィ・ギエム
画像転載元 VIVIMILANO.IT

第1回は、ギエムの踊るベジャール『ボレロ』のことを書いた。記事冒頭で少し触れた『日本最後のボレロ』公演は、ステロタイプの「肉体のピークを超え…喝采の中で20数回封印のリチュアルを…!」とかいう終わった感動ではなく、音と力に対する類まれな洞察力が、今後の新しい作品でどう展開していくのか、という未知の期待に繋がるものだったと思う。

さて、まずは『ボレロ』について今のところの雑ぱくな考察

リズム(群舞) 
しばしばベジャールがテーマにする、海をはじめとした抽象的な意味での自然の表徴
メロディ(ソリスト) 
全体像がわからないほど巨大で音として聞き取れないリズムから生まれ、やがてそれに憧れ観察し、それと戯れ共謀し、すてきな虚構でその始まりや終わりを捏造し、やっぱり負けるというか飲み込まれていく存在。具象的な誰かではなく、従って演/作の区別のない「芸術家」の、表現における壮絶なエネルギーと、彼らが表現する必然と快楽のすべて

ではないかと思っている。これは2005年の『植物庭園記』と『北斎展』を観て、植物ってものすごくリズミカルだなと感じたことがヒントになった。

現在すぐに観られる『ボレロ』映像の紹介

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【 ダンスを撮る、踊る シルヴィ・ギエム 】

2006-04-19-Wed-00:26

タイトルを決めるまで

ns7864.jpg

ウェブ用の名前の河内山シモオヌから

歌舞伎に出てくる河内山宗俊

同じタイトルの映画があった

撮ったのは山中貞雄監督

代表作は『人情紙風船』

と連想したまではよかったが、人情をトップに持ってくるとどうにもいやらしい。
(ex.人情水風船・人情風船爆弾)
そこで薄情紙風船にしてみる。すわりがよくなった。
これでいくつもりだったが、最終的にひよって劇場紙風船にした。

天衣紛上野初花 河内山 くもにまううえのはつはな こうちやま
あらすじ: かつあげ。

【 雑誌SWITCH/劇場紙風船 全般のこと 】

2006-04-17-Mon-22:55

雑誌SWITCH インタビュー

インタビューの内容が引用つきで、下記サイトに紹介されました。
インタビュアーとしては、望外の喜びです。
主宰の皆さま、ありがとうございます。

うめ吉/06年2月号
檜山うめ吉情報 「SWITCH」2月号

本多一夫/05年5月下北沢特集号
PDF版《陸這記 Crawlin' on the Ground》
下北沢の記憶?踏切と猫と文学とカトリック教会と(197頁)

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【 雑誌SWITCH/劇場紙風船 全般のこと 】

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