劇場紙風船 おふろ場


SWITCHonExcite劇場紙風船に書いた記事の、おまけページです
観たもののリストや各種思いつき、特集記事などは大福帳に載せています

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2006-07-09-Sun-21:25

ウィンブルドン 2006 決勝戦直前の記事 

6月最終週からウィンブルドンが始まった。今日ですべての試合が終わる。できるだけ放送にはりつくことを心がけたが、それも最後だ。「演劇の目で観たスポーツ1-4」を書いてから、テニスの試合がより面白く感じられるようになった。

SWITCHonExcite劇場紙風船にフレンチオープンテニスの記事を書くことに決め、昨年自分が現地で観たシングルスの選手4人の内、誰にポイントを絞るか考えた。クレーコートで勝つことに特化した生命体のようだった、ナダルに注目する。劇場紙風船の方に掲載した写真を見ると当時でもすごい身体だったのに、今年に比べたら明らかにほっそりしている。なんだか信じがたい。

今年のフレンチオープンは、大会早々世界ランキングNo.1のフェデラーが「決勝はナダルと私になるだろう」と言ったとおりになり、ナダルが勝ってクレー60連勝。
そのナダルはウィンブルドンでも決勝まで残り、今日再び、芝の4連覇を目指すフェデラーと対戦する。芝のコートにどれだけ対応できるか注目されていたが、めざましい進化だ。

放送で観たナダルのウィンブルドン3試合(アガシ、ニエミネン、バグダティス戦)、ナダルはどれもアウェーでやっているような状況だった。

7月2日に放送されたアガシ・ナダル戦は、まず今期限りで引退を表明したアガシの入場を、会場がスタンディング・オベーションで迎えた。終わってみればナダルのストレート勝ちで、実況の言葉で記憶に残っているのは
「ナダル、なんというカバーリングでしょう」
「やっと取った球がエースに」
「アガシのウィナー(といってもおかしくないショット)を、どんどん返します」
「ナダル疲れません」
「集中しています」
「すばらしいコントロールです」
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…舞台の場合、もうその作品をやらないとアーティストが宣言する理由は、体力の限界ではなく、残された時間の中で、どの作品に挑み何を表現するか選び抜いた結果である。また引退公演と銘打っていなくても、パフォーマーに対して「もう最後かもしれない」と感じる時がある。そのきっかけや判断は、観る人によって異なる。

でもスポーツの場合、時に決着がつくその瞬間まで「こういう理由でこの人は去るのか…」という必然が一つ一つ、観ている人全員に晒される。本人の引退表明を聞いた時以上に、寂しい思いでアガシのプレイを観た人も多かったと思う。
試合はナダルのサービスエースで終わったが、その瞬間会場は真空のようになってしまった。舞台なら「いくら名選手が、もっとも権威ある大会で16歳下の新星と最後の試合をやるからといっても、こんな雰囲気や展開はやりすぎだろう」と書けそうなゲームだった。

バグダティス(キプロス 21歳)
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ニエミネン、バグダティス戦はどちらも第2セットの第10ゲームがひとつのヤマだった。
後者はナダルのリードで5-4。バグダティスが、ナダルの2つあったセットポイントを逃れた。両者拮抗してきた場合、第10ゲームは見どころになるのかもしれない。カウントが5-4なら、リード側のセットポイントがかかったゲームなので当たり前か。第3セットの第7ゲームで、ナダルが0?40からduceに持ち込み取った後、流れが決定的になった。スコアは6-1, 7-5, 6-3。

バグダティスは身体の動きに、もちもちした独特の柔らかさがあるように思う。ボールに追いつけなかった時の死んだふりもナイス。デビスカップのような団体戦を舞台にしたテニスのコメディ映画があったら、ぜひ黄レンジャー的立場の役で出てほしいキャラクターだ。

画像転載元 WIMBLEDON2006
リュビチッチ夫妻のオフ映像かと思いきや、途中から突然出てきてイルカと戯れるバグダティスに目が釘付け ATP VIDEO In Miami with the Dolphins

普段私は、スポーツの試合の基本的な性質「勝ち負け」と親和性の低いものを観ている。6月末には今年ベストと思った舞台もあった。それに、自分がテニスをやることにはちっとも熱心でない。海水浴が一番好きだ。それでもワクワクしながら試合を観た。

ウィンブルドンのような芝のコートではボールが滑るので、強力な1stサービスと、ラケットの面をしっかりつくったボレーが有効…というぼんやりした知識しかなかったのだが、クレー(土)と芝の身体を比べると、ステップからサーブの種類までがらりと変わっている。フレンチオープンからわずか数週間で、この変化だ。身体を観ているだけでも面白い。
また芝のハゲたところに落ちると、ボールはあらぬ方向にはねる。ベースライン近くの芝のハゲは、コートで試合が行われるたびに拡大する。選手はハゲの状態を読みながら、勝ち進むごとに細かく戦術を変えるのかもしれない。

スローの映像では、選手独自の神業的な技術を(例えばボールの軌道をすぐに追わずに、ヒッティングポイントに視線が残るフェデラー。身体のバランスが崩れない。そもそも打った瞬間にボールがどこへ行くか正確にわかっているのではないか、との解説)、よりはっきりと観られる。
ポイントを取るまでの緻密な組み立て、それに伴うリズムの変化も観ていて飽きない。
選手の身体の動きは複雑なのだが、あまりにも速いので単純に見える。そして、なにか純粋な出来事に向かっているように思えた。あの競技は古いとか、今のスポーツはコレでしょうとかいう言葉は立ち入る余地がない。そういう言葉の気持ち悪さが、トップアスリートがボールを打つたった何秒間かの身体によって見事に露呈するのは、ほんとうに清々しかった。

テニスの記事/画像リンク集
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