劇場紙風船 おふろ場


SWITCHonExcite劇場紙風船に書いた記事の、おまけページです
観たもののリストや各種思いつき、特集記事などは大福帳に載せています

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2006-12-25-Mon-23:41

クリスマスカード/2006年の劇場紙風船 最終回

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この記事は、クリスマスカード/2006年の劇場紙風船 その2の続きです。

SWITCHonExcite劇場紙風船に載せた記事について、また身体や舞台を観るという行為についてふだん思っていることを、全3回で書きます。

…その3つとは、こんなことです。
1
「どうしても自分たちにわからないことはあるだろうが、自分の実感から「これを取り上げたい」という思いが強まって、作品として上演する。で、やっぱりわからないことも残った。でもそれは、最初のわからなさとは質の違うものになったかもしれない。そしてわからないことは残っても、少しはましな方に進めるかもしれない。」こういう誠実な作品を、私は数多く観てきました。

だから観劇で生活を豊かにとか演劇は人を救えるとか、その類の台詞を臆面もなく、すぐ言う人が怖いです。人間に対して傲慢じゃないでしょうか、そんな認識は。人間の面倒くささや現実のとんでもない不条理には目をつぶっておいて、満々の善意だけは押し出すという、得体の知れない怖さを感じます。

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2
日常で、一見もっともらしく聴こえる言葉があります。
それがただの都合(例:言葉の後に続くその人の、妙な意見に同意してほしい)から出たもので、まるで実感が感じられない場合は、わりと早い段階で気がつくようになりました。
あ、だてに「ニート演劇」観てないんだな、と自覚する瞬間です。こういうカテゴライズが的を得ているかは、今はおくとします。

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3
金を出すんだから観劇に失敗したくないという話は、やっぱり無理だと思います。
ほんとかなあと感じたら、1のような気味の悪い善意を感じない舞台好きな人に、「ちょっとこれはドボンだったなあっていう公演ある?」と聞いてみてください。どこがどのようにドボンだったのかも。面白い話が聞けるはずです。

それで一緒に笑ったりしても、作り手をバカにする行為にはなりません。
笑ったのは、その人が今までいろいろ観てきた体験を、きちんと層のように積んで行って、その上でドボンだった舞台をいい加減な言葉で片づけずに、じっくりつきあった。そのほんとうに愛情のある言葉が、とても愉快だったということなのです。

私も感銘を受けた公演の、どこがよかったかあれこれ考えるのはもちろん、ドボンな公演でも、自分にとって何か発見があればいいという舞台の楽しみ方をすることで、一見関係なさそうなものが結びついたり、自分の中で関連が出てきたりしました。
今まで「見方が人と違う」という言葉をたくさんいただきましたが、それはこういう思考の産物である気がします。

なんでそんなことをしてきたのかといえば、そうした方がうんと楽しいからです。理由はこれ以外にありません。

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